「もののけって……オバケみたいなもん? あたし、喰われちゃうの?」
「生気をね。アンタはアタシの“花嫁”だから、連中にとっては『ご馳走』なの。いたぶって傷つけて弱らせてペロリよ」
「なにソレ、超こわいんですけど!」
「……だから、“結界”を越えないでちょうだい。いいわね?」

念を押すようにセキコに言われたのは昨日のこと。美穂は、早くも禁を破ってしまったのかもしれない。

辺りは夕闇につつまれ、どこからかカラスの鳴き声が聞こえ始めた。
大きな黒いアゲハチョウが、ひらひらと目の前を通り過ぎて行く。

(もー、ヤダ!)

できるだけ明るいほうへ行きたいのに、気がつけば美穂は、深い森のなかに入りこんでしまっていた。

(出口どっち?)

周りを見渡しても方向すらつかめない。いよいよ美穂は、途方に暮れてしまう。

(どうしよう……)

その時、獣のか細い鳴き声が下生えの向こうから聞こえてきた。

(子犬? まさか、迷子犬……じゃないよね。あたしじゃあるまいし)

甲高く、苦しそうな鳴き方をしていなくもない。
美穂は自分を棚上げして、助けを求めるように鳴く声のほうへと歩いた。