「……柏」
「っはい……」

 冷たく呼びかけると、恐縮した様子で柏は姿勢を正し頭を下げた。

「お前は自分が何をしようとしていたのか、理解したか?」
「……はい」

 多くは聞かない。
 聞かずとも、変転した香夜を見た時の表情を見れば分かる。畏れ、憧れ、敬慕。それらが読み取れた柏に、もはや害意はないだろう。

 ……だが。

「戻ったら当主に報告させてもらう。それなりの罰は覚悟しておくように」
「はっ!」

 今柏を罰したところで困るのはこちらでもあった。自動車を運転する者がいなくなるのだから。
 それに害意がないと分かっているのなら、後で当主からしっかり罰を与えてもらった方が良いだろう。

 燦人は香夜に視線を戻し、安らかな寝顔に相好を崩す。

「貴女は凄いな」

 自分が守るまでもなく、自らの力で、その存在で、周囲を黙らせた。
 それだけの価値が、この小柄な娘にはあるのだ。
 そんな彼女が自分の婚約者なのだと、自慢したいような、隠してしまいたいような複雑な心情が胸に宿る。

 何にせよ、手放しはしない。
 香夜の価値しか見えていないような輩には、決して渡すわけにはいかないのだ。
 愛しい存在を腕に抱き、燦人はそう決意した。