流石に襤褸を着て燦人の隣には立ちたくない。
 だが養母も何かと忙しいらしく中々話す機会が無い。

 それならそれで手伝うと申し出ても「お前は部屋から出ては駄目だよ!」ときつく言われてしまうのみ。
 あれだけ厳しく仕事を押し付けて来ていた人物とは正反対にも見える。
 それだけ日宮の若君の婚約者という立場は強いのだろうか?

(……それも何か違う気がするけれど)

 とにかく着物のこともあるのだから、里を出るまでに機会を見て養母と話をしようと思っていた。


 そうして燦人が里に来て一週間が過ぎた頃。
 久しぶりに養母や燦人達以外の人物が香夜の部屋を訪れる。

「相変わらず辛気臭くて狭い部屋ね。燦人様はよくこの様な部屋に来ようと思えるものだわ」

 部屋に入るなり座りもせずにそう言った鈴華は、香夜を馬鹿にした態度を崩す様子はない。
 それだけならいつもの事なのだが、普段浮かべている嘲りの笑みが無いことが香夜には少し不思議に思えた。

「あの、御用は……?」

 いつもの様に嫌がらせをされたくは無い。
 香夜はあまり機嫌を損ねぬ様、鈴華に用件を問う。

「まあ、簡潔に言わせてもらうわ。香夜、今晩例の舞台で舞ってくれないかしら?」
「え?」
「お父様はあなたを花嫁として里から出すことを決めたけれど、納得していない者もいるのよ。ちゃんと紋様が光って力があると分かればいいの。月が出てきたころに使いを出すから、来なさい」
「え? でもお養母様は部屋から出るなと――」
「お母様の言葉などどうでもいいわ。いいから来なさい」
「っ!」

 とても冷たい目で告げた鈴華は、そのまま香夜の部屋を出て行ってしまった。