自宅に着くと、すぐにリビングルームのソファーに座らされる。キッチンに行った楓さんは冷凍庫から氷を袋に入れて持って来ると、そっと私の膝の上に置いたのだった。
「これで目を冷やせ。真っ赤に腫れているぞ」
それだけ言うと、楓さんはリビングルームを出て行った。すぐに戻ってくると、まだ氷を膝の上に置いていた私を見て首を傾げたのだった。
「冷やさないのか?」
私が何も答えないでいると、楓さんは苦笑しながら膝の上から氷袋を取り上げる。そして、私の目にそっと当ててきたのだった。
「ひゃっ!」
「自分でやらないから冷たいんだ」
楓さんから氷袋を受け取って自分で目元に当てていると、今度は「右手を見せてみろ」と声を掛けられる。
「転んだ拍子に、掌を擦り剝いていないか」
楓さんはさっきまで繋いでいた自分の掌を見せてくる。楓さんの掌には血が擦れた跡が残っていた。
楓さんが手を怪我しているのではなく、楓さんと手を繋いでいた私の掌が怪我をしており、その傷口から流れた血が楓さんの掌を汚してしまったのだろう。
私が土埃で汚れた自分の右手の掌を見せると、親指の付け根から母指球の辺りの皮膚が擦れて血が滲んでいたのだった。
「やっぱり……。繋いでいる時、手が擦れて痛くなかったか? 今、消毒するからな」
楓さんはリビングルームに備え付けの棚を開けて、消毒液と絆創膏を持って来ると、私の隣に座って掌を手当てしてくれる。
「いたっ……!」
「すぐ終わらせるから、あまり動くな」
苦々しく笑いながら、楓さんはふと呟く。
「子供の頃、怪我をして泣きながら帰ると、祖母が氷袋を用意してくれた。目を冷やしている間に、こうして怪我を手当てしてくれたよ」
「楓さんにもそんな頃があったんですね……」
「俺だって、昔は子供だったんだ。そんな事もしたさ。祖父に見つかると、『男なのに泣いてばかりで情け無い』って言われるから、いつも祖母の前でだけ泣いていたな。他人の前では泣かない様にした。『ちょっとした嫌な事でも、なんでもすぐに泣いてもしょうがない。両親がいないから、泣いても咎める人も慰める人もいないから』って言われてからずっとな」
「そんな事を言う人がいるんですか……?」
「……いるんだよ。子供に限らず、大人だってそうだ。相手が子供だからと侮って、平気で子供の前で言う奴がいるんだ。この世界に生きている全ての人間が、等しく良い奴とは限らないからな」
「……ごめんなさい」
肩を落として意気消沈していると、掌を消毒する楓さんの手が一瞬だけ止まったがすぐに再開した。
「そう落ち込まないでくれ。別に小春に謝って欲しくて言った訳じゃないんだ」
「そうじゃないんです。さっきは酷い事を言ってごめんなさい。楓さんが全部悪いって、八つ当たりしてしまって……」
「そんな事か……。気にしなくていい。ずっと我慢させていたんだ。今まで何も説明しなかったしな。この間、日本に帰国した時に伝えようとしたのに、また逃げてしまって……」
「やっぱり、帰国していたんですか……?」
「この間は答えられなくて悪かった。急な事でどう答えたらいいか分からなかった。小春は直情的なところがあるから、俺の言い方が悪ければ傷つけてしまうのではないかと不安になったんだ」
「そこまで直情的ですか、私……?」
「夫婦らしくやり直したいと、言う為だけにわざわざここまでやって来ただろう。その行動力には驚かされたよ」
「あれは、勢いというか、その……」
「それを直情的というんだ。そこが小春の魅力だよ。熟考し過ぎて動けなくなるのは俺の悪い癖だな」
「思慮深いのは、楓さんの魅力だと思いますよ」
「ようやくいつもの調子に戻ってきたな」
やがて傷口に絆創膏を貼ると、楓さんは安堵したようにそっと息を吐いた。楓さんに貼ってもらった絆創膏を見ていると、ただの絆創膏がどこか特別なものに思えてきたのだった。
「これで目を冷やせ。真っ赤に腫れているぞ」
それだけ言うと、楓さんはリビングルームを出て行った。すぐに戻ってくると、まだ氷を膝の上に置いていた私を見て首を傾げたのだった。
「冷やさないのか?」
私が何も答えないでいると、楓さんは苦笑しながら膝の上から氷袋を取り上げる。そして、私の目にそっと当ててきたのだった。
「ひゃっ!」
「自分でやらないから冷たいんだ」
楓さんから氷袋を受け取って自分で目元に当てていると、今度は「右手を見せてみろ」と声を掛けられる。
「転んだ拍子に、掌を擦り剝いていないか」
楓さんはさっきまで繋いでいた自分の掌を見せてくる。楓さんの掌には血が擦れた跡が残っていた。
楓さんが手を怪我しているのではなく、楓さんと手を繋いでいた私の掌が怪我をしており、その傷口から流れた血が楓さんの掌を汚してしまったのだろう。
私が土埃で汚れた自分の右手の掌を見せると、親指の付け根から母指球の辺りの皮膚が擦れて血が滲んでいたのだった。
「やっぱり……。繋いでいる時、手が擦れて痛くなかったか? 今、消毒するからな」
楓さんはリビングルームに備え付けの棚を開けて、消毒液と絆創膏を持って来ると、私の隣に座って掌を手当てしてくれる。
「いたっ……!」
「すぐ終わらせるから、あまり動くな」
苦々しく笑いながら、楓さんはふと呟く。
「子供の頃、怪我をして泣きながら帰ると、祖母が氷袋を用意してくれた。目を冷やしている間に、こうして怪我を手当てしてくれたよ」
「楓さんにもそんな頃があったんですね……」
「俺だって、昔は子供だったんだ。そんな事もしたさ。祖父に見つかると、『男なのに泣いてばかりで情け無い』って言われるから、いつも祖母の前でだけ泣いていたな。他人の前では泣かない様にした。『ちょっとした嫌な事でも、なんでもすぐに泣いてもしょうがない。両親がいないから、泣いても咎める人も慰める人もいないから』って言われてからずっとな」
「そんな事を言う人がいるんですか……?」
「……いるんだよ。子供に限らず、大人だってそうだ。相手が子供だからと侮って、平気で子供の前で言う奴がいるんだ。この世界に生きている全ての人間が、等しく良い奴とは限らないからな」
「……ごめんなさい」
肩を落として意気消沈していると、掌を消毒する楓さんの手が一瞬だけ止まったがすぐに再開した。
「そう落ち込まないでくれ。別に小春に謝って欲しくて言った訳じゃないんだ」
「そうじゃないんです。さっきは酷い事を言ってごめんなさい。楓さんが全部悪いって、八つ当たりしてしまって……」
「そんな事か……。気にしなくていい。ずっと我慢させていたんだ。今まで何も説明しなかったしな。この間、日本に帰国した時に伝えようとしたのに、また逃げてしまって……」
「やっぱり、帰国していたんですか……?」
「この間は答えられなくて悪かった。急な事でどう答えたらいいか分からなかった。小春は直情的なところがあるから、俺の言い方が悪ければ傷つけてしまうのではないかと不安になったんだ」
「そこまで直情的ですか、私……?」
「夫婦らしくやり直したいと、言う為だけにわざわざここまでやって来ただろう。その行動力には驚かされたよ」
「あれは、勢いというか、その……」
「それを直情的というんだ。そこが小春の魅力だよ。熟考し過ぎて動けなくなるのは俺の悪い癖だな」
「思慮深いのは、楓さんの魅力だと思いますよ」
「ようやくいつもの調子に戻ってきたな」
やがて傷口に絆創膏を貼ると、楓さんは安堵したようにそっと息を吐いた。楓さんに貼ってもらった絆創膏を見ていると、ただの絆創膏がどこか特別なものに思えてきたのだった。



