楓さんに続いてバスから降りると、そこはセントラルパークのすぐ側だった。

「先にお礼をしたいが、それとも昼食を先に済ませた方がいいか?」

 時計を見ると、今は一時を少し過ぎたところだった。バス停近くのカフェを見渡すと、どこもまだ人で賑わっていた。

「大丈夫です。昼食は後でも」
「それなら、先に店に行こう。こっちだ」

 そう言って、歩き出した楓さんについて行くと、辿り着いたのは一軒の洋品店だった。

「ここは……」
「ジェニファーにお勧めされた女性に人気の服屋だ」

 迷わず楓さんは中に入ると、すぐ近くに居た白人の店員さんに軽く挨拶して、何やら英語で話しかけていた。店員さんは一度奥に引っ込むと、中から日本人らしきアジア人の店員さんが出てきたのだった。

「こんにちは。必要な物があればお声がけ下さい」

 息を呑んでいると、隣で楓さんが「さっきの店員に、日本語がわかる店員はいるか、と聞いたんだ」と教えてくれる。
 すると、日本人の店員さんは小さく微笑んだのだった。

「私は日本生まれの日本育ちです。この辺りは日本人の観光客が多いですが、現地の人でも日本語を話せる店員は少ないんです。日本人が働いていればラッキーくらいに思って下さい」
「そうなんですね……」
「彼女に似合う服を探しています。見繕ってもらえますか? 出来れば、試着もさせて下さい」

 楓さんが私を示しながら日本人の店員さんに話したので、私は「えっ!?」と声を漏らしてしまう。

「分かりました。こちらにどうぞ」

 店員さんに頭から爪先じっくり見られた後に、店の奥に案内される。連れて行かれたのは、試着室の様だった。

「お持ちしますので、こちらでお待ち下さい」

 カーテンで仕切られた試着室に入ると、壁全面に鏡が設置されていた。自分の全身を見ると、服の裾を摘まむ。

(そんなに変な格好をしてたかな……)

 今日着ているのは、日本から持ってきた白のブラウスと黒の長ズボン、紺のスニーカー。外が肌寒い事も考えて、上には灰色のロングカーディガンも羽織っていたが、少し暑いくらいであった。シンプルな格好をしてきたつもりだったが、隣を歩くのも嫌になるくらいおかしな恰好だっただろうか。
 そんな事を考えていると、外から「失礼します」と声を掛けられたのでカーテンを開けると、先程の店員さんが服を何着か持っていたのだった。

「お待たせしました。ご主人のご希望でこちらの服をご用意しました。後ほど、靴もお持ちしますね」

 渡されたのはどれもワンピースだった。
 広げて見れば、襟付きからシャツワンピース、Aラインやタイトワンピースまであった。色は全て黒だったが、同じ形のワンピースでも柄違いやデザイン違いがいくつもあり、どれを着たらいいのか迷ってしまう。
 とりあえず、腰に白い紐飾りが付いた黒の襟付きの半袖ワンピースを着てみると、サイズもピッタリで着心地も悪くなさそうだった。他のワンピースは、私が着るには少し派手な柄や露出の高いデザインをしており、なんとなく似合わない気がした。
 試着室のカーテンを開けると、向かいの壁に寄りかかりながら、楓さんがスマートフォンを操作していたので声を掛ける。

「着てみました。あの、おかしくないですか?」

 スマートフォンから顔を上げた楓さんは、最初驚き入った様な顔をしたかと思うと、次いで目を逸らしたのだった。