「素晴らしい! やはり日本の女性は丁寧だ。清楚! 優美! 優雅!」
「そうでしょ、パパ! わたしの言った通りだったでしょう! コハルは丁寧な子だって!」

 所長の言葉に、コーヒーを並べていたジェニファーが同意する。何の事か分からず、固まっていると、疲れた様子の楓さんが説明してくれる。

「小春。こちらはこのロング法律事務所の所長だ」
「初めまして、所長のデイビッド・ロングだ。主に労働問題に関する裁判を担当している。ついでにここにいるジェニファーの父親だ」

 所長が片手を差し出してきたので、私も手を握り返す。力強く、皮の硬い大きな手から、温かい熱を感じた。

「よろしくお願いします」

 そう言われて顔をじっくり見てみると、顔形がジェニファーに似通っていた。

「ニューヨークはどうだい? 毎日が賑やかだろう」
「はい。とても陽気で、活気に溢れています」
「そうだろう。そうだろう。日本とは大違いだ」
「日本をご存知なんですか?」
「大学院の頃に日本に留学したんだ。そこで楓の父親と知り合って、今じゃ家族ぐるみの付き合いさ」
「パパはね。毎年夏になると、カエデのお祖父さんに会いに行っていたの。わたしも一緒よ。カエデのお祖父さん、有名な裁判官だったから」
「そうなんですね……」

 私の知らない楓さんの家族の話を聞いて、なんとも言えない気持ちになる。
 やっぱり、私と楓さんの間にはまだまだ距離があるらしい。

「私とパパが日本語を話せるのはそういう事なの。と言っても、わたしはパパと違って、平仮名と片仮名くらいしか読めなくて、漢字は少ししか読めないけどね」
「ジェニファーも日本映画を観て勉強すれば良いんだ。日本映画は素晴らしいぞ。特にサムライやニンジャが出る作品は最高だ!」
「あら、私は日本のアニメや漫画で勉強しているのよ。最近は通販で日本の漢字ドリルだって買ったんだから!」

 言い争う親子に苦笑していると、楓さんは慣れているのか、そっとコーヒーに口をつけていた。私もソファーに座ると、ジェニファーが持って来てくれた馥郁(ふくいく)とした香りが漂うコーヒーを頂いたのだった。