「勝手に決めつけないで下さい! 私がいつ若佐先生との離婚を望んだというんですか!」
「それは……」
「私の未来の為だとか、婚期を逃すかもとか。私は何も頼んでいません。いっつもそう。私の為と言って、勝手に決めつけて、自分の考えを押し付けて、何も相談してくれなくて……。私が契約結婚を決めたのは私の意思です。私の未来は私が決めます! そうやって自分の考えを押し付けないで下さい!」
「なっ……!」

 私が叫び返したのが意外だったのだろうか。若佐先生は目を見開いたまま固まっているようだった。
 日本で一緒に住んでいた頃からそうだった。一方的に決められて、私の意見も何も聞いてくれなくて。ニューヨークに行く事だって、あらかじめ相談してくれたら良かったのに。契約結婚とはこんなものかと思った時期もあった。一時的な夫婦関係ではあるが、それでも一緒に考えたかった。もう少し私の意見を聞いて欲しかった。

「……それなら、貴女はどうしたいんですか?」
「私、若佐先生に何もお礼をしていません。死のうとしていたところを助けてもらったのに、裁判だってしてくれたのに……その恩だって返していません」
「貴女はもう充分、私に恩を返しています。恩返しなんて、そんな事の為にわざわざニューヨークまで来なくたって……」
「そんな事って言わないで下さい……。それに、私達は何も夫婦らしい事をしていません。一時的とはいえ、夫婦だったのに、すれ違ってばかりで……」

 泣き出しそうになってぐっと堪えていると、若佐先生が私の頭に手を置いた。私が顔を上げると、すぐ目の前に若佐先生の端正な顔があったのだった。

「私に恩を返して、夫婦らしい事をしたら、貴女は日本に帰ってくれるんですね?」

 私が「えっ……」と口を開いたのと、若佐先生に口付けられたのがほぼ同時だった。
 何をされたのか理解できないまま、ただ呆然としていると、若佐先生は私を軽々と抱き上げて、ベッドルームに連れて行った。

「は、離して下さい!」

 抵抗も虚しく、若佐先生はリビングルームと同じく、床の上に乱雑に服が脱ぎ散らかされたベッドルームの中に入ると、ダブルベッドの上に乱暴に私を降ろす。降ろされた弾みで、「きゃあ」と小さく悲鳴を漏らしてしまったのだった。

「な、何を……!?」

 私が半身を起こそうとすると、それを塞ぐ様に素早く若佐先生が覆い被さって来た。

「貴女は私に恩を返して、夫婦らしい事をしたいと言いました。私は貴女の夫ですが、それ以前に一人の男です。夫であり男でもある私に恩を返して、夫婦らしい事をするとしたら一つしかありません。……意味、分かりますよね」

 若佐先生は片手で眼鏡を外すと、ベッド脇にあるサイドテーブルの上に置く。次いで上着を脱いでネクタイを解くと、床に投げ捨てたのだった。
 その時になって、若佐先生の言葉の意味が分かると、私の身体が震え始める。ここから逃げ出したかったが、膝が震えて力が入らなかった。

「わ、分かりません……。貴方が何を言っているのか分かりません。こんなの、夫婦じゃない……! 」

 怖がっているのを知られたくなくて、私は知らない振りをする。
 経験はないが、知識はある。
結婚したらいずれは経験するだろうと思っていた。若佐先生は最初の約束通り、何も手を出して来なかったが、もしかしたらという可能性もあったので、一応は覚悟していた。
 でも、こんな形で迎えたくなかった。
こんな、ただ怒り任せにされるなんて……。

「これは貴女が望んだんですよ。小春さん。私に恩を返して、夫婦らしい事したいって」

 ワイシャツのボタンを全て外した若佐先生は、ズボンのベルトを外すと、逃げない様に私の手首を掴んでベッドに押さえつけてくる。

「だからって狡いです。こんなやり方……」
「私も男なんです。……欲は満たせて下さい」
「欲って……きゃあ!」

 細身ながら若佐先生のどこにそんな力があるのか、強引に私の上着を捲ると、剥き出しになった腹部に口付けてくる。そのまま下着ごと私の服を脱がせようとしたので、私は髪を乱しながら、服を掴む手に爪を立てて、激しく抵抗する。
 しかしそれも虚しく、若佐先生は私の服を全て脱がせると、私が意識を失うまで、一晩中、私を抱き続けたのだった。