滅多にない若佐先生の怒鳴り声に肩を竦めてしまう。肩を掴む若佐先生の手に力が入ったのか、私は痛みから顔を歪めてしまったが、それがますます若佐先生の気に障ったらしい。

「す、すみません。私、そんなつもりじゃ……」
「ここは安全な日本じゃないんだ! ニューヨークではあんな外国人を狙った犯罪は日常茶飯事だ。……命を落とす事だってある」
「でも、あの人は格安のホテルを知っているって、悪い人じゃなさそうでしたし……」
「それもここではよくある犯罪です……。ホテルの予約が上手くいかなかった外国人に格安のホテルを紹介すると言って、別の場所に連れて行く。金を盗られるか、性的な犯罪に巻き込まれるのか、それは分かりませんが」

 いつもの調子に戻った若佐先生は、そこで大きく息を吐く。
 さっきホテル前で出会った女性も犯罪者の一人だったのだろう。若佐先生が現れた途端、急に態度を変えたのも、もう少しで何も分からない私を連れ出せるところだったのに、若佐先生という邪魔が入ってしまったからに違いない。
 若佐先生に助けてもらったから良かったが、そうじゃなかったらと思うとぞっとする。今更ながら、私も自分の身体から血の気が失せて、真っ青になっていくのを感じたのだった。

「すみません。でも、私、本当に知らなかったんです……!」
「ええ。わかっています。貴女は優しく素直な方です。世間知らずなのが玉に瑕ですが……。でもそれ故に犯罪に巻き込まれやすい。だからこそ、日本に置いてきたのに……」
「世間知らず、ですか……」

 若佐先生がそう思っていたとは知らず、私は顔を上げる。若佐先生は顔を引き締めると、冷ややかな視線を向けてきたのだった。

「お義母(かあ)さんが行き先を知っていたから、こうしてあちこち探し回ることなく、貴女と会えましたが、誰も知らなかったら、今頃犯罪に巻き込まれていた事でしょう」
「す、すみません。反省しています。だから、あの、そろそろ……」

 私が肩を掴んだままの若佐先生の手に触れると、若佐先生はすぐに手を引っ込めた。そんなに私に触れられたくなかったのだろうか。なんとなく、落ち込んでしまう。

「私に会いに行くと格好つけて、本当は観光に来たかったんでしょう。どこに行きたいんですか。私が案内します……」
「観光じゃないんです。私は、本当に、若佐先生に会いたくて……」
「私に? わざわざこっちに会いに来なければならないくらい、何かありましたか?」
「それは……」
「それとも、私が離婚を申し出たのが不服ですか?」
「そんな事は……!」

 図星を指摘されて狼狽えると、顔を覗き込んで来るように若佐先生が近づいて来る。私は壁際に下がって行くが、若佐先生は詰め寄るように近づいて来たのだった。

「そんな事はありません……」
「私達はそもそも一時的な契約結婚だったはずです。目的が果たされた今となっては、いつ離婚しても何も問題はないでしょう。貴女もそれを望んでいたはずです。ただ貴女からは言い出しづらいと思ったので、貴女の為を想って、私から離婚を申し出ました。それと早く離婚しないと、貴女が婚期を逃して、未来が暗くなってしまうと思ったからです。こちらの事情に付き合わせてしまった以上、そうなってしまっては、さすがに申し訳ない気持ちに……」

 その言葉に、私の頭に血が上る。顔が熱くなると、若佐先生を突き飛ばしていたのだった。