「若佐先生……」

 若佐先生はじっと私を見下ろした後、すぐに私の手を掴んでいる女性に視線を向けた。

「俺と妻は既に宿泊先が決まっているんです……他を当たって下さい」

 若佐先生が同じ言葉を英語で繰り返すと、女性は舌打ちと共に乱暴に私の手を離した。憮然とした態度のまま、女性がワゴン車に乗り込むと、車はすぐに走り出して、あっという間に小さくなったのだった。

「あの……」

 若佐先生の方を振り向くと、眉間に皺を寄せていた。まるで今にも怒り出したいのを堪えているような姿に、私は及び腰になってしまう。
 どうして私がここに居る事を知っているのか、そもそもどうして私がニューヨークに居る事が分かったのか聞きたがったが、これまで見た事がない若佐先生の怒り心頭に発する姿に、私は言葉を飲み込んでしまう。

 若佐先生は無言のまま私の腕を引っ張ると、近くに停まっていたタクシーに近づいて行く。
 慣れた様に若佐先生はタクシーの後部座席のドアを開けると、若佐先生は無言のまま私の背中を軽く押してタクシーに乗せる。
 どこに行くのかと口を開いた時、若佐先生は私のスーツケースを持って隣に座り、英語で何かをタクシーの運転手に伝えた。運転手はすぐに車のエンジンを入れると、どこかに走り出したのだった。

「どこに行くんですか?」

 さすがに変な場所には連れて行かれないだろうと思いつつも、念の為、小声で尋ねてみる。だが、若佐先生は窓から外を眺めたまま、何も話してくれなかったのだった。

(ど、どうしよう……)

 ほとんどすれ違う様な生活を送っていても、これだけは知っている。若佐先生は怒ると無言になるタイプだ。初めて出会った時は私の無茶とも言える行動に怒鳴りもしたが、基本的に若佐先生は怒ると叫びたいのをぐっと堪えるように無言になる。きっと今も私を怒鳴りつけたいのをぐっと堪えているのだろう。

(やっぱり怒っているよね。連絡もなく、勝手にこっちに来て)

 運転手さんも寡黙な人の様で、タクシー内はカーステレオから流れる洋楽だけが響いていた。
結局、若佐先生は目的地を教えてくれなかったので、どこに向かっているのか、私は身を縮めながら、外の様子を見ている事しか出来なかったのだった。