耳をつんざく金属音。
身体に受ける、いままでに感じたことのない衝撃と痛み──に、備え、咲耶は、身体を縮めていたのだが、一向にその気配がやってこない。

(助かった、の……?)

いや、それにしては静か過ぎる。
そう……静か過ぎるのだ……。

ゆっくりと、咲耶は身を起こした。
ぎゅっとつむった目を開け──そして、気づく──自分がいる場所が……車のなかでないことに……!

(なに、コレ……なに、ここ……)

三畳ほどあるかないかの板の間に咲耶は突っ伏していたようだった。

出入り口は、月明かりが射し込んでくる透かし組まれた戸口がひとつ。
室内には、神棚のようなものがある以外、何もない。

影が自分の顔にかかるのを感じ、びくりとそちらを見やった。

──視線が一瞬、交わり、咲耶は硬直してしまう。
冴え冴えとした冷たい色をなす瞳は、眼差しだけで射すくめられるほどだった。

格子戸ごしにも分かる美しい面にはなんの感情もなく、その者は、ただ、じっと咲耶を見つめていた。
咲耶は、思いきって声をかける。

「あの……ここ、どこ……ですか?」

本当は、居場所うんぬんの問題ではないことは、重々承知していた。
だが、他に言葉が浮かばなかったのだ。

「ここは“下総ノ国(しもうさのくに)”。
今は尊臣(たかおみ)様が“国司(こくし)”を務めておられる」
「…………は?」

咲耶は泣きたくなった。

(なに言ってんのよ、この人)

むろん、歴史的知識のなかに『国司』はあるし、『下総』も地名のようなものだとは分かる。
分かるが、いまは二十一世紀。
旧制度や旧国名を用いての返答は、咲耶の理解の範疇を越えていた。

(まぁ、でも)

目の前にいる人物が、男だということは解った。
全体的に涼しげな美貌はいわゆる中性的な顔立ちで、放たれた低い声音により、ようやく男だと判断がついたのだ。

「今、着替えを持ってくる。しばし待て」

言って、男は姿を消した。

咲耶は男の背中を見送りかけたものの、何もここで待つ必要はないだろうと思い、格子戸に手をかける。

(だってさ、なんか監禁されてるみたいなんだもん、ここ……)

しかし、簡単に開きそうだった戸は、押しても引いても、横に引いても、開くことはなかった。