白い“神獣”の受けた穢れと心身の疲労は、思っていたよりも重症だったらしい。

(せいぜい二三日もありゃ戻ってくるだろ)

と、高をくくっていた犬朗の予想を上回り、ヘビ神との誓約の期日の二日前になっても、その姿を現すことはなかった。

「なんつーか……俺の考え過ぎかもしれねぇケド……咲耶サマ、元気なくね?」

犬朗たちは一方の“主”の不在を理由に、自分たちがもう一方の“主”を見守るのが責務だと一葉に言い張り、『仕事』が入っている時間以外は、白い“花嫁”をこっそりつけ回していた。

「……咲耶様の匂いからは、不調は感じとれない」

傍らの相棒も、そうは言いながらも横顔は憂いを帯びていて、自分と同意見なのが窺える。

(確かに匂いからは、病にかかってるわけでも、悲しみに暮れてるわけでもねぇって、分かるケドよ)

“花嫁”としての記憶を失っている、ただの『松元咲耶』は、この世界の事情を多少なりとも解ってきた犬朗からすると、普通の人間の女(・・・・・・・)に見えた。

しかし、それとは別の部分で、こちらで初めて彼女を見た時に感じた『心の高揚』が、いまはないように思えたのだ。

(旦那が側にいないから……ってのは、良いように解釈し過ぎか)

“陽ノ元”にいた時にもあった、白い“神獣”とその“花嫁”が離ればなれになってしまう事態。
空いた心を無理に繕っているような、あの時の彼女の様子にひどく似ている気がしてならない。

もっとも、一葉に言わせれば、
「“神獣”サマの誘いを断らずに付き合っているようですが、“花嫁”サマのほうから何か行動を起こすことはないですからね。
脈無しと見るほうが妥当でしょう」
と、白い“神獣”は相手にされていないと切り捨てていた。

さらに、
「あの地味顔とあの歳で“花嫁”に選ばれるくらいですからね。男性に対して卑屈な意識があるのかもしれませんよ」
などと、遠回しに“主”の容姿と人格をけなしたりしたので、
「……それは、咲耶様に対する侮辱と、受け取ってよろしいか」
危うく犬貴が一葉に喧嘩を売りそうになり、犬朗が止めに入る場面もあった。

(地味顔…………うん、咲耶サマには悪いが、否定はできねぇな)

良くも悪くも特徴のない顔立ちは、豊かな表情と笑顔のおかげで限りなく『上』には近づく。
が、それでも単純な容姿の評価からすると、黒い“花嫁”の美しさや“花子”の少女の愛らしさと比べて、器量よしとは言い難いだろう。