『えっ。私は……』
(あやかし)にしては霊力に乏しいな。自己を形作ることもできぬようであるし」

不可解なことを探ろうとして、眉をひそめるさま。見慣れた表情に、咲耶の胸がつまる。

(逢いたいって思ってたから、夢で逢えたのかもしれない)

咲耶は彼に近づき、手を伸ばした。たとえこれが夢だとしても、たとえ咲耶を知らぬ者として扱われたとしても。

『逢えて良かった……。ずっと、逢いたかったんだよ?』
「逢いたかった?」

咲耶とそれほどに違わない背丈。返される言葉には、純粋な問いかけのみが感じられた。

『うん。逢いたかった。だから、人の姿でいるあなたに逢えて、良かった』

夢だと思えば思うほど、はかなく消えてしまいそうな彼の姿(・・・)に、咲耶は言葉を重ねる。
そうすることにより、夢が持続しそうな気がしたからだ。

『だから、必要ないなんて言わないで。人の姿でいても、獣の姿でいても、私はあなたが──』

咲耶の目には映らない(・・・・)自らの手が、先ほどまで己だと思っていた存在に触れようとした時。

「ハクコ」

男の声が割って入った。呼びかけは、有無を言わせないものだった。

「何をしている──」

言いかけてやめた抑揚のある声音に対し、咲耶がそちらを振り返る。
狩衣姿の男の目が人間の眼には見えないはずの(・・・・・・・)咲耶を正確に捕えていた。

「そなたは……そうか、そういうことか」

一人で何かに納得したように、能面のような顔に笑みを刻む男──“下総ノ国”の“神官”、賀茂(かもの)愁月だった。

「“魂駆(たまが)け”は生命力をけずるもの。どこから来たか(・・・・・・・)は分からぬが、早く戻ることだ。それが、そなたのためぞ?」

ふいに上げられた指先が、咲耶の眼前で軽く振られる。

「いずれ、また──」

告げた言葉の真意を問う間もなく、咲耶の『夢』は唐突に終わりを迎えた。


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