愁月の屋敷を覆う“結界”は、物ノ怪を内部に入れないためのもの。
そう説明を受けた咲耶は、それならば人間である自分は、なかへ入ることができるのではないかと考えたのだが。

「ひと口に“結界”と言っても、対象を受け入れない性質のものから“大神社(おおかむやしろ)”内にあったような対象の力をそぐもの。
それから、“つぼみ”の(いおり)付近にあった対象の力量による選別をするものと。
ま、いろいろある上に、術者の能力いかんで複合的なものになったり、一部が突出していたりするわけだ」

和彰の領域内である森のなか。自らの屋敷からは、咲耶の感覚でいえば歩いて五分圏内にあたる辺りに、咲耶とその“眷属”はいた。

「仮にも“神官長”を名乗ってる奴が、在り来たりに一辺倒な“結界”しか張ってねぇ、なんてこたぁねぇだろうからな。
つか、尊臣の命令でアチコチに“結界”張ったの、あいつの仕業だろ、絶対」

面白くなさそうに鼻の頭にシワを寄せ、犬朗が言う。

無理もない。その“結界”のせいで半死状態となり、養生のため“(かすみ)のなか”へと和彰に送りこまれたのは、この虎毛犬なのだ。

「我らが今まで強行手段を用いて内部へ潜入しなかったのは、咲耶様のご命令を待たずに行動することができなかったのはもちろんのこと」

人の手が積んだであろうことが明らかな小石の山。ちらりと、それに視線を送りながら、犬貴が言いつなぐ。

「愁月様の能力と我らの能力がぶつかり合い、甚大な被害があっては、咲耶様のお立場に、影響を及ぼす可能性もあったからでございます」

木々の向こうの空は、薄曇り。少し先を行けば紅梅の木があるせいか、かすかに香りが漂ってきていた。

相変わらず生真面目で堅い説明をする犬貴の言葉に、咲耶は眉を寄せた。

「甚大な被害って……関係ない人も巻き込むかもって、こと?」
「左様にございます。……それは、咲耶様の意にそわぬことに違いない、と」
「コイツに止められて、現在に至るっつーワケだ。
あと、一応、旦那の居どころがホントに愁月のトコしかあり得ねぇのか、他の場所についても俺らで手分けして探ってみたんだけどよ。
……ま、結論は、やっぱ愁月のトコにいるんだろってことに落ち着いたんだがな」