非情なる毒気に穢された身体は、咲耶に永遠ともいえるほど長い眠りを要求したかに思えた。

しかしながら、“神籍”にある咲耶の魂魄(こんぱく)は、先に与えられた白き“神獣”の加護もあり、深奥まで侵されることはなかったらしい。
──その極限にまで追い詰めたのが、誰あろう当人だとしても。

「……目覚めたか」

素っ気なく冷たい物言い。
声色が女性のものでなければ勘違いしそうになると思った自分に対し、咲耶の目が潤んだ。

(和彰……)

初めて会った時を思わす、冴え冴えとした眼差し。ここ最近は、あんなにも咲耶に対し、感情(こころ)を示してくれていたのに。

(知らない人、みたいだった)

姿形は同じでも、まるで違う存在のような。
だが、あれほどの美貌をもつ者が他にいるとは到底思えない。
認めたくはなくとも……あれは和彰だったのだ。

「──ここが何処で、お前が何者だか解るか?」

のぞきこむ黒い瞳が咲耶を案じているのに気づき、あわてて口を開く。

「場所は分かりませんが、自分のことは覚えています」

そう応じたつもりの咲耶の声はしわがれていて、自分で自分に驚いてしまう。
そんな咲耶に軽くうなずいて見せたのは、黒髪の美女──百合子(ゆりこ)だった。

「……ゆっくり、含め」

片腕で咲耶の背を抱え、もう一方のしなやかな指先で持つ(わん)を、咲耶の口もとに運ぶ。
恐縮しながら言われた通りにすれば、甘い液体が口内を満たし過ぎ去った。

「ここは、お前の屋敷だ。
お前の“眷属”たちは出払っていて、お前に付きっきりだった“花子”は、先ほど私が強引に休ませた」

玲瓏(れいろう)な声音が淡々と告げる。
百合子は、咲耶に身体の状態を訊いたあと、現在、咲耶が置かれた状況を教えてくれた。

まず、咲耶がつい先ほどと感じる和彰との再会は、約一ヶ月前の出来事になるらしい。それは、咲耶が眠り続けた日数でもあった。

百合子の言葉を借りれば、白い“花嫁”は『血の穢れ』の障りが大きい。そのため咲耶の心と身体が、深い眠りについてしまったのだという。