犬貴の“術”によって切り裂かれた障子に近寄り、犬朗は舌打ちした。

「……ったく、あのクソ坊主、言うだけ言ってトンズラかよ──」

そこで言葉を失ったように絶句する。

犬朗が力任せに蹴り飛ばした障子の先。咲耶の視界に広がった景色は、想像していたものとはかけ離れていた。

どこまでも見通せるほど何もない、荒れ地。
ゴツゴツとした岩が大小あるだけで、草木はもちろんのこと、生き物の気配がまるでしない。

「……どうやら、奴の術中にはまったようだな」

苦々しげな犬貴の声に合わせたかのように、室内にあったはずの調度品や咲耶が寝ていた布団も……畳さえ、消えて無くなっていた。

頭上には、太陽も月も出ていなかった。気味の悪い赤紫色のよどんだ空気が、天を覆っている。
どこからか、臭気も漂ってきた。
こちらの季節は真冬のはずだが、咲耶の頬をなでるのは、生暖かい風だ。

「なにこれ……。私、まだ夢を見ているの?」
「いいえ、咲耶様。これは現実にございます。おそらく道幻の奴めが仕掛けた罠──」

犬貴が咲耶に説明をするさなか、咲耶のいる数歩先の地面に、人の頭大の盛り上がりができた。
地の下から何かが、飛びだそうとしている。

「咲耶様!」

かばうように犬貴が咲耶の前に立つ。
身構えた犬朗の背後からも、同じ現象が起きていた。

「犬朗、後ろ!」

咲耶が叫ぶのとほぼ同時。あちらこちらから鈍い音を立て、得体の知れないモノが飛びだす──!

「ウヒャ、ヒーヒヒッ」

人とも獣ともつかない声を放つ、目玉だけが異様に大きい()せこけた顔。口からは、ダラリと長い舌が垂れている。
腹部だけが栄養失調の者のように、大きくふくらんでいた。

餓鬼(がき)か──!」

いまいましげに、犬貴がつぶやく。

「グフェッ!」

ひょろりとした腕は人間のそれ。手にした(なた)を振り回し、咲耶たちに近づいてくる。