咲耶の意をくんだ美穂に屋敷を追いやられていた茜は、どうやらあちらこちらに『散策』に行っていたらしい。
“神獣の里”や、“西の都”と呼ばれる場所に。

以前から、唐菓子や反物などを土産に持たされることがあったのだが、咲耶はそれらの入手先を不思議に思っていた。

なぜなら、屋敷に持ち帰るたびに椿(つばき)が「こちらでは手に入れにくい貴重なお品ですわ」と、喜んでくれていたからだ。

(まさか、『瞬間移動』であちこち飛び歩いてたなんてね)

出不精などと虎次郎(こじろう)は茜を評していたが、単純に彼の目につく所に茜が出没しないだけの話だったのかもしれない。

「えっとね、和彰──」

夜も更けた咲耶の部屋には、最初の頃とは違い、ふた組の布団が敷かれるようになっていた。

「私、あなたに謝らなきゃいけないんだけど……」
「謝る? 何をだ」

さらり、と、色素の薄い髪を揺らして、和彰の青みがかった黒い瞳が、咲耶をけげんそうに見つめ返す。

「ほら、“神獣の里”から犬貴の所に移動したとき。あれ、和彰が私のために『力』を遣ってくれてたんでしょ? なのに、お礼も言わないで、そのまま犬貴の治癒始めちゃって……ごめんね?
あと……ありがとう」
「──礼も謝る必要もない。私は私の為すべきことをしたまでだ。お前のために『力』を奮うことは、私の『(ことわり)』なのだから」

感情のこもらない低い声音。まがう方なき真理を話していると、和彰の様子から窺えた。

(でも、なんか……)

素っ気なく、冷たく感じる。それは、いまに始まったことではないが。

「…………私の言うことなら、なんでも聞いちゃうの?」

少し()ねたような気分で、試すように尋ねた。

「無論、お前が望むことであれば」

迷う素振りもなく言ってのける和彰に、咲耶はムキになって訊き返す。

「そんなっ……。私が間違ったことや悪いことを望んだりしても、言うこと聞いちゃうっていうの?」
「お前が真に望むのであれば」