夢であると思いたいのはやまやまではあったが、どうやらこれは夢ではないという事実が、ハクコとの儀式ののち、判明した。
──急に沸き上がった生理現象は、それを難なく済ませることが可能だったからだ。

(いっつもトイレに行きたくなって、でもできなくて、何度も何度もトイレに行ってるうちに目が覚めるっていうのが、夢のパターンだもんね……)

ふうっ……と、咲耶は息をついた。
──儀式を終えた直後、ハクコは中年男に呼ばれ何処かへ消えてしまった。

神殿内に置いてきぼりとなるかと思いきや、いつの間にか側にいた椿(つばき)という名の少女に連れられ、咲耶はいま『咲耶の屋敷』にいる。

「では、わたしはこれで失礼いたしますね。今宵(こよい)はお疲れでしょうから、明日また、姫さまのお訊きになりたいことに、お答えいたしますので」

にっこりと笑う顔には幼さが残る愛らしい少女だ。
おそらく十四五歳かと思われるが咲耶を屋敷まで案内してきた口振りも、湯殿から着替えまで手伝う間に見せたしぐさも、とても少女とは思えない感じであった。

「ありがとう、椿ちゃん。じゃあ、また明日、よろしくね」
「──……お休みなさいませ、姫さま」

抵抗はつかの間、椿はふたたび微笑むと、丁寧に指をつき頭を下げ障子を閉めた。

(姫さま……って、歳でも柄でもないんだけどね……)

名前で呼んでくれと念を押しても頑なに咲耶を『姫さま』と呼びたがる椿に、逆に咲耶は、呼び捨てにしてくれという椿を『ちゃん』付けにして返した。
『姫さま』呼びを止めてくれたら『ちゃん』付けを止めるという咲耶の提案に、椿がしぶしぶ折れた形だ。

椿が静々と立ち去る気配を感じながら、咲耶は椿が整えてくれた布団の上に、ごろんと転がる。

(あー、私、これからどうなるんだろう……)

『咲耶の屋敷』は、典型的な日本家屋で、部屋数は居室だけで五つあり、さらに客室が二間。
台所と浴室、手洗いと、咲耶が一人で住むには充分すぎるほどの広さがあった。
その造りは咲耶の感覚からすると古かったが、それは年数を経ている古さではなく、旧式であるという意味だ。

咲耶は寝転がったまま、燈台(とうだい)の薄明かりを頼りに、右手を目の前にかざす。