何度か虎次郎の制止する声がしたが、咲耶は「すみません」と「ごめんなさい」を繰り返し、彼を置いて子供の父親のいる山中へと入った。

どうやら、足を滑らせて山道を転がり落ちたまま、身動きがとれなくなったらしい。

「──小僧のオヤジは、村の連中に嫌われてんのか?」

救いを求められ、とっさに咲耶は()われるまま来てしまった。
しかし、犬朗の問いかけに、人同士の助け合いでどうにかなることだったのでは? と、今更ながらに気づく。
……だからといって衛士のように、子供の頼みをむげに断ることはできなかったが。

「き、嫌われてなんか……けど、ここはキンソクチだから……。ほんとは入っちゃいけないって、父ちゃんが、言ってて……」

追捕の者から逃れようとした時よりも多少の失速感はあったが、子を背負う犬朗も咲耶のなか(・・)のたぬ吉も、常人では体感することのない速度で駆けていた。
そのため、子供は舌をもつれさせながら、言葉を発していた。

「……ああ。村の連中にバレたら、村八分にされる可能性が高いんだな?」

納得したように犬朗がうなずく。

子供が口にした『キンソクチ』とは、『禁足地』のことだろう。
『神の領域』であるとされる一帯は、只人が入ることは禁止され、また、村社会においては暗黙の了解のもと、立ち入った者を拒絶する可能性が高いと聞く。
咲耶も事態をのみこんだ。

(あの時も、犬貴(いぬき)が言ってたっけ……)

この辺り一帯は神域とされ、只人は立ち入れないよう“結界”を張っていると。そして、言葉をにごした犬貴。
おそらく、この子供の父親のように『禁足地』に踏み入ることをなんとも思わない者が増えたと、続けたかったのだろう。

「あっ、あそこっ……!」

犬朗の背に身を預けたまま子供──孝太(こうた)というらしい──が、腕を伸ばし前方を指差す。
木の根元に、(まき)とキノコらしき物が入った背負い(かご)があった。

辺りを見渡せば、杉の木が乱立しており、よくよく見ると、ゆるやかに下った傾斜が左方向にある。
土はぬかるんでいて、なるほど、足を滑らせたのも無理はない。