「……私が、元の世界に戻りたくても戻れなくなったことを、悔やんでるんじゃないかって、意味?」

“仮の花嫁”であるうちは、容易に戻れるはずだった。
しかし、和彰の名前を呼べる(・・・)いまは、咲耶は名実ともに“花嫁”である。そう易々と、元の世界に戻れない存在となってしまった。

和彰は、否定も肯定もしない。咲耶の心を見据えるように、咲耶に視線を合わせたまま、じっとしている。

「私、和彰にお願いされたから、ここにいるわけじゃないわよ?」

偽りもなく、それが咲耶の本心だった。和彰のほうも、それを解っていると思っていたのだが……違ったらしい。

「私は、私の意思で、この世界にいるの。椿ちゃんや私たちの“眷属”……それに」

とん、と。咲耶は軽く、和彰の袿の胸もとを叩く。

「和彰。あなたが、いるから……ここに残るって、決めたのよ?」

上目遣いに見て、小さくなる声を振りしぼるように言えば、和彰のとまどったような無垢(むく)な瞳が、咲耶の目に映る。

「──月からの使者の迎えも、天に帰る羽衣も、ないからではなくてか?」

和彰の口から出た言葉に、咲耶は目をしばたたく。

(えっと。それは、竹から生まれた姫の物語とか、海辺に降り立った天女の伝説とかを、なぞらえてる?)

自分のような者が姫や天女と同列に扱われるのは、気恥ずかしさを通り越して、何やら宇宙人との交信を思わせるとんちんかんぶりではあるが。

和彰の真剣な眼差しに、咲耶は笑いをこらえた。
同時に、こんな自分に対し、そのような想いを抱いてくれる目の前の“神獣”の“化身”に、愛しさが募る。

咲耶は腕を伸ばして、和彰を抱きしめた。

「うん。月からの迎えが来ようと、羽衣が手に戻ろうと、関係ない。
何があっても、和彰の側にずっといるから、安心して?」
「──分かった」

短く返された言葉は素っ気なく、抑揚もない。
けれども、咲耶の背に回された手指と肩ごしに感じる息遣いが、和彰のぬくもりを伝えてくる。

(私ってば、なにこんなに愛されちゃってるの?)

和彰が寄せてくれる想いが、くすぐったいほどに胸をおどらせる。思わず、自分で突っ込んでしまうくらいに。

咲耶は、よりいっそう和彰と二人でいられることの幸せを、実感するのであった。