散歩っていったって、別になんのことはない。
大体いつも眺めている道をただ一緒に歩くだけ。

しかも手とか繋ぐこともなく、むしろ少し後ろを追って歩く私はまるで本当にペットの散歩のようだ。


それでも休みの日に、こんな時間を過ごしたことがないからやっぱり嬉しい。


ほんとに少しだけ。
近くをぐるっと回って歩く。不思議なのは、普段よりも景色が明るくみえること。

マンションの裏の公園まできたときに、ふと足を止め、マンションを見上げた。


最上階の10階。の、左からいち、にーさん……。


「Che piacere rivederti!」


自分の家と聖二の家のベランダを探しているときに、テンションの高い女性の声が聞こえた。

なんて言ったの?
なんか、最近よく聞くような感じの言葉……。

見上げていた顔を声のした方に向ける。
すると、女の人が風と共に長い髪をなびかせながら、私を横切っていく。

ワンテンポ遅れて、その女の人を追うように振り返ったときに見た光景に絶句する。


「……っ……⁈」


私だけじゃなくて、聖二も声が出せないくらい驚いてる。

それもそのはず。
今しがた横切った、綺麗なブロンドの髪の女性が聖二に抱きついてるんだから。

私の視線にも気付かずに、聖二は戸惑った顔でその女性を見ている。

回していた手を、聖二の腕に添えるようにしてくすくすと女性は笑う。
いくら抱きつくのをやめたとはいえ、その至近距離に私の心は穏やかでいられない。

けど、割って入る勇気まではなく、ただ、この嫉妬混じりの視線に双方が気づいてくれるのを願うのみ。

そんな願いも届かず、二人は視線を交錯し続けていた。
そして聖二の表情が変わる。

何か思い出したかのように、怪訝そうな瞳から、パッと心を許すような瞳になった。


「あ……お前、チハルの!」


チハル?

チハルの知り合い?

言われてみたら、さっきの言葉って、チハルがよく口にするイタリア語みたいだったし!


聖二の言葉に、その女性がどう答えるのか、集中して耳をすませる。

すると、女性は何か嬉しそうな言葉を一言発して、聖二の頬に軽く口付けた。