「『わざわざ』? 別にいーじゃん」
「や! いいわけないって!」
「? ヘンなミカ。あ、いつもか」
「ちょっと! 『いつも』は余計でしょ!」
腑に落ちない顔をするチハルの背中を押して、コンビニを後にした。
わ。なんかいーニオイする。
チハルの背に手をあてたまま歩くと、チハルの香りがもろに私を通過していく。
男の人なのに、なんか……うまく例えが見つからないけど、とにかくいいにおい。
なんの香りかな? 香水なのかな?
鼻に意識を集中してずんずん歩いていると、急に私の手に負荷がかかった。
押してもびくともしない背中から視線を上げると、チハルの片方の薄茶の瞳が私を見下ろしていた。
「ミカ。ぼくを殺す気?」
「は、はぁっ?!」
なにを物騒な!! 人を殺人未遂みたいに!!
そう思ってなんか言ってやろうと息を吸い込んだときに、チハルが長い指を進行方向に向けた。
「信号。赤なのに」
「え? あ! ほんとだ……」
指が指示した赤信号を見て目を丸くした。
やけに、いつもより近くを車が通過していくな、と思って自分の足元を見る。
縁石ギリギリじゃん!
え?! て、ことは――――。
自分のつま先から、ぱっと視線を前に辿ると、チハルの足は車道に出てた。
「きゃーーー!! チハル、早くこっち!!」
私は背中に置いていた手で、チハルの服を掴んで勢いよく引っ張る。
その勢いに、チハルはよろけながら、私の立つ歩道に戻ってきた。
「や、そこまで慌てなくても……」
「だって、もしかしたら居眠り運転とかの車が来てたかもしれないしっ。考え事してたとはいえ、危うく罪を犯すとこだったよー……チハル、ごめん」
きゅ、とチハルのシャツを握り、その手を見たまま謝る。
「『罪』って! あはは! ミカは中身がイツキと似てるんだ」
「え?」
「見た目は夏実サンだけど、中身はちょっと抜けてて面白いイツキだね」
「えー! 全っ然嬉しくないんですけど!!」
あんなふざけたお父さんに似てるなんて……。
「やっぱりやだ…………きゃ?!」
脳内でお父さんを思い出して、改めてそう思った時に急に手を引かれて声を上げた。
「青になった!」
びっくりした顔で前を見ると、私の手を引いて振り向きながらそういうチハルの笑顔があった。