「あー……うるせえヤツら」


「よ」っと声を漏らし、柵から一人でしっかりと立つと、聖二はボリボリと頭を掻いてそう言った。


「あ……じゃ、また……」


私が別れを切り出したときに、聖二の手が私の頭に触れる。
さらりと撫でられてるだけなのに、それだけでものすごく心臓が暴れだす。

――なのに。


「……?!」
「……おやすみ」


さらっと撫でる手は、頭のてっぺんからするりと後頭部を辿り、そのままうなじを軽く掴まれると、10階だというのに引き寄せられて、キスされた。

もちろん、私が身を乗り出すほどじゃなくて、それは聖二の方から近づいてきてくれて。

パタン、と聖二が戻った音を聞いた後も、私はそこから動けない。


「おおっ!やっときた!聖二兄!ココ!ココ座って、チハルを負かしてくれっ」


窓越しでも聞き取れる三那斗の声。


「……うるさいよ、三那斗」


全然キスの余韻にも浸れないじゃない。
……だけど。

『聖二兄の話もちゃんと聞いてやってくれよな』

三那斗の言葉を思い出して胸が熱くなる。
三那斗ってやっぱり真っ直ぐだし、すごく優しいやつだ。

『三那斗が珍しく電話してきたから』

今度は聖二の言葉も思い出して、三那斗へ感謝の気持ちが溢れ出す。


「ありがと……」


一人きりのベランダで、聞こえない御礼を口にすると、ようやくリビングへと戻った。
カラッと扉を閉め、静まり返ったリビングに立ちつくす。

そして、唇に指をそっと添えて思い出す。


「……最後の、煙草の味」


少し残る香りと苦み。
それをいつまでも反芻してると、昂ぶる気持ちを抑えられなくて。

その夜は、隣の賑やかさも手伝って、なかなか寝付けなかった。