「そこ」


すぐに見えてきた場所を指すように、俺がひとこと声を掛けると、美佳はぴたりと足を止めて墓石を見上げた。


「ああ、本当だ……綾瀬家って書いてるね」


穏やかな顔でそういいながら、美佳は俺に道を開けるように横にずれた。


突然思い立ってきたのは、うちの墓だ。
約1年前の事故。あっという間の一年だった気がする。

あの家に両親がいないことにはずいぶん前から慣れてきていたけど、どこかで『ずっと旅行中だ』という感覚が拭えない気もした。

だから、ってわけじゃないけど、ココには納骨して以来来てない。

吸い寄せられるように墓石の前まで歩み寄り、そこに屈むと仰ぎ見た。


――ああ。もう、いないんだな。


薄情かもしれないけど、涙は出ない。
ただ、静かにその事実をもう一度受け入れた俺は静かに手を合わせ、そっと目を閉じた。


「……悪かったな。こんなとこに連れて来て」


しばらく手を合わせたあとに、そのままの状態で後ろにいる美佳に言った。


「……私はうれしかったよ」


予想外の返答に、くるりと体を回転させて美佳を見る。
穏やかに口角を上げながら墓石を眺めてさらに言う。


「お世話になってるもん。綾瀬家に。私だって挨拶くらいしたかったから」