「……そうだとしても。あの子が諦めるなら、それでもうおしまい。ミナトやコウシロウがなんて言おうと、それまでなのよ」


腕を組みながら、さっきよりは少し落ち着いたトーンでアキラが言う。


「今頃、チハルがあの子を笑わせてるかもしれないしね」


落ち着きかけてたもんが、瞬時に崩される。

そう。チハル。
まさかチハルに対してこんなふうに思うことになるなんて。

ガキのころの僅かなチハルの記憶を思い出す。
それから、今のチハルを思い出して……奥歯を噛みしめる。

あんなふうに、俺はアイツを笑わせることなんてできるんだろうか。
ベランダ越しにも聞こえてくる美佳の笑い声が、今でも聞こえてきそうなくらいに記憶にこびりついてる。

一生かかっても、チハルと同じようになんて笑わせられない気がする。

もしかしたら、俺じゃない方がアイツもこの先楽しく過ごせるのかも……。


「はぁ。なんだか今日はアウェイな感じね。また出直すわ」


大きく溜め息をついて、アキラは荷物を手にする。
俺の前で再び足を止めると、綺麗な薄い緑がかった瞳を真っ直ぐに向ける。


「セイジ。わたしは本気よ。小さな頃から好きだった。いい返事待ってる」


ニコッと最後に笑顔を残し、アキラは颯爽と出て行った。
アキラに揺らぐことなんてまるでない。
でも、微動だにせずに、俺はまだそこに立ちつくしていた。

そのワケは……。


『今頃、チハルが』――。