「あのー」


誰かが、私のいる控室の外から声をかけてくる。


恐らく、この前私に付いたばかりのマネージャーだろう。


多忙な私につくことができたというのは、昇進そのもの。


「そろそろお時間よろしいですか?」


鏡に映る私の顔は、美しい。


誰もが見惚れ、誰もが酔いしれる。






甘い吐息に、甘い香り。


容姿だけではない。


私の持つすべてが完ぺきだった。





「えぇ」


「あの、どうしましたか?」


マネージャーは少し心配そうに私の顔を覗き込む。


「何?」


「いえ、・・・ちょっと、眉間にしわを寄せていらしたから」


私は眉間を押さえて少し伸ばして、思い切り微笑んだ。


マネージャーは、思わず顔を赤くする。


「ちょっとね。昔のことを思い出していたの」


私は廊下に出る。


煌びやかな私が通る道。


誰の追随も許さない。


あの日、私は決めた。


特別になる、と。


誰もが羨む存在になる、と。


「ふふ」


だからこそ、この日を楽しみにしていた。


10年前、


私が私と別れたあの日に、本当のさよならを告げるこの日を。









第1話 Fin.