「藤木君」
母の隣に立つ牧が、少し照れくさそうにして、空いている藤木の手を握ってきた。
「君の未来は、間違いなく明るい。例え光を見失いそうになっても、
それは一時のことだ。本当の光は、消えることなどない。
必ず、その光を見られるようにしていなさい」
「・・・はい」
藤木はにっこりと満面の笑みを浮かべて、牧の手を握り返した。
固い握手。
それ以上、言葉を交わす必要など、2人にはなかった。
「藤木君」
牧の隣には、野村がいた。
「先生、このたびはこのような素晴らしいチャンスを与えてくださり・・・」
「こらこら、そんな堅苦しい挨拶は要らない」
ははは、と周囲の喧騒を押しのけるような大声で、野村が笑う。
「全ては、君次第なんだ。
誰も、君の未来を支配などできない。君だけが、君自身の人生を作る資格がある。
君の人生は、君自身で掴みとれ。
そして、欲張りであれ。
本当の幸せであれば、二兎を追っても良いんだ」
野村の満面の笑顔につられて、藤木も満面の笑みを浮かべる。
「野村先生、ありがとうございます」
「良い返事だ」
どんどん、と叩かれるかのように、力強く肩を叩かれる。
藤木は、笑って野村に頭を下げた。
そして。
「そろそろ、時間よ」
母が、ぽつり、と一言零す。
その言葉が聞こえた瞬間、藤木の顔が、真面目なそれに変わった。
「みなさん、本日は誠にありがとうございます。
僕は、まだまだ未熟者でございますが、次にお目にかかる時は、
必ず、・・・必ずや立派な刑法学者として、戻ってきたいと思います」
藤木が、ゆっくりと、深くお辞儀をした。
「待ってますよ、みんな、ね」
母の優しくて、温かい言葉。
いつでも、彼を守ってくれるその言葉を、彼は心に刻みつけた。
皆が、少し涙ぐんでいた。
しかし、その中で1人だけ、落ち着きのない人間がいた。
藤木が、野村に挨拶している時から、周囲をキョロキョロと見渡してばかりいる。
それは、牧だった。



