「あたし、母親しかいないでしょ? お母さんにまだ結婚しないの? ってよく言われるの」
奈緒に父親がいないのは事実だ。
しかし、結婚を急かされているのは大嘘である。
「だから……ちょっとだけ揺れちゃったの。ごめんなさい」
そうきたか。
樹は奈緒の手をキュッと握って、
「そっか。でも、断ってくれたんなら、それでいいんだ」
と穏やかに告げた。
危機感を感じているのは伝わってくる。
奈緒の作戦は成功したらしい。
しかし、右隣からビシビシ伝わってくるオーラが何とも心地悪い。
樹に憑いている霊は、どうやら奈緒を嫌っているらしい。
俺が車窓に目を向けた瞬間だった。
「――――!」
聞いたこともない声と言葉に、耳を疑った。
二人には聞こえていないらしい。
まさかと思い、右を向いてみる。
俺はこの時やっと、樹に憑いている霊を見ることができた。



