「着いたよ」
樹からの電話と同時に自宅を飛び出した奈緒は、少しためらいがちにシルバーのセダンに乗り込んだ。
ためらったのは、彼女なりの演出である。
車の中でも浮かない作り笑顔をして、悩める美女を演じる。
作戦は既に遂行されているのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
まんまと騙されシナリオ通りに言葉を浮かべた樹。
奈緒の心は表情と裏腹に踊り出す。
「え? どうして?」
まったく、白々しいにもほどがある。
自分が彼の質問を引き出したくせに。
「何か悩んでるような顔してるよ」
「そんなことないって」
「あるよ。もう二年も付き合ってるんだから、それくらいわかる」
俺は思わず吹き出してしまった。
二年も付き合っておいて、それが演技だと気付いていないではないか。



