今まで沢田は、一度足りとも奈緒を困らせるような言動を取ったことはなかった。
毎回時間までに部屋を出ていたし、気持ちを押し付けるようなこともしたことがない。
だから奈緒は、浮気相手としてそれなりに沢田を信用していた。
その信用が少し崩れてしまった。
これから彼とどう接していくのだろう。
例え奈緒が危険を感じても、俺が花枝を求める限り奈緒も沢田を求める。
奈緒は俺の存在も、沢田に憑いている花枝の存在も知らない。
気持ちは樹にあるのに沢田を求めてしまう理由なんて知る由もない。
欲を抑えて沢田との密会を辞めるなんてことになると、俺は花枝にアピールするチャンスを失ってしまうではないか。
この日の奈緒は、準備が遅れてしまった理由を樹にどう言い訳するかを考え、車内で眠ってしまうことはなかった。
いつもより遅い電車にはたまに見かける男子高校生と犬もいない。



