二等客室で服を着たまま仮眠していた小野美幸は、船内放送で間もなく目的地に着く事を知った。

 余り眠れず、寝不足で腫れぼったくなっていた目を擦り、化粧室に向かった。

 ゴールデンウイークを過ぎたせいもあるのだろうが、乗客の少なさでやたらと船内が広く感じる。

 化粧を直し、甲板に出てみると何組かの家族連れが、目の前に迫った島影を指差していた。

 八丈島の底土(そこど)港に到着したフェリーから降り立った美幸は、自分を待ってくれているだろう人物を探した。

 暫く立ち止まっていると、フェリーから降りて来る乗客や車を窺う男に気付いた。

「あのぉ…お店の方ですか?」

「小野さん?」

 頷いた美幸を見て、男は彼女の旅行鞄を持ち先に歩き出した。

 一言も喋らずにすたすたと先を歩く男に、美幸は少々気を悪くした。

 港から真っ直ぐに伸びた緩やかな坂道を無言のまま歩く。何と無く間が持てないなと思っていたが、目指す家がすぐ近くで助かった。

 港から来た道を右に入ると、砂利が敷き詰められた細い路地になり、その先に平屋の大きな家が見えた。

 砂利道の両脇は畑になっていて、都会暮らしの美幸には長閑な風景に感じ、気持ちが自然とのんびりしていく。

 その畑で、中年の女性が三人の若い女性と何かを採っていた。

 先を歩いていた男が足を止め、

「小野さんをお連れしました」

 と言って、中年の女性に頭を下げた。

「いらっしゃい、長い船旅だから疲れたでしょう。お部屋に案内して貰う前に、うちで冷たい物でも飲んでらっしゃい」

 中年の女性が男に、

「直さん、うちで待ってて。私も直ぐにいくから」

 そう言うと、直さんと呼ばれた男は再び無言で歩き出し、畑の向かいに建つ家に入って行った。