バス乗り場から30mばかり離れた四辻に車を停めていた倉持刑事は、すぐ横を小走りで通り過ぎようとした男を見て思わず、

「来た!」

 と口走った。

 助手席に座っていた高橋刑事は、間髪を入れず無線に向かって怒鳴った。

「マルヒ(容疑者)来ました!」

 前嶋のイヤフォンにもその声が響いた。

「来るぞ」

 横で辺りを注視していた部下の若い刑事に伝える。

 若い刑事は腰のホルスターを仕切りと気にしだした。実際の捜査現場で拳銃を携帯して臨むというのは、確かに通常以上の緊張を強いられる。制服の時ならば、それは単なる装備品という意識しかないのだが、容疑者確保の現場へ私服で張り込み、万が一を考えて拳銃を携行して行くのは、まるで別物である。

 若い刑事は、今、その極度の緊張感をギリギリの所で抑え付けているのかも知れない。

 横目で様子を見ていた前嶋は、何事も無く容疑者を確保出来たらと願っていた。

 佐多和也には殺人の前歴があり、しかも、その時の犯行は陰惨を極めたらしい。被害者であった実の父親を滅多刺しにしている。

 今回も包丁で刺し、被害者は死んだ。

 捜査員の誰もが抱いた佐多和也のイメージは、凶悪な殺人鬼そのものであった。