こういう場所に、二十人近い捜査員を潜ませて置くのは、思った以上に難しい。前嶋はそれぞれの配置を確認していたが、どうも具合が思わしくないと感じていた。

 捜査指揮を執っている警視庁の現場キャップは、前嶋から見ると何処か自信過剰なところが感じられる。そういった不安を抑えながら、今にも現れんとしている容疑者への警戒を一層強めていた。

 捜査員達は何度も時間を確認していた。既に仙台行きのバスは乗り場の前で待機し、アイドリング状態だ。客が待合室からバスに向かい始めた。浪岡芳子はまだ動かない。彼女を監視していた捜査員をそのままにしておく事は出来ない。極力不自然な動きを見せたくないからだ。

 待合室に待機させていた捜査員を外に出す事にし、バス乗り場の方に移動させた。待合室には浪岡芳子だけが残った。出発時間迄、残り10分を切った。少しずつ張り込みの捜査員達に焦る気持ちが生まれ出していた。

 太田道子巡査長は生まれて初めて経験する緊張感で足を震わせていた。

 パンツスーツの上にハーフコートを羽織っているが、その下に隠したヒップホルスターの22口径拳銃が気になる。セミロングの髪で目立たないようにしてある無線のイヤフォンに、上司からの指示が頻繁に入って来る。

 その声が段々甲高くなって来た。上司も緊張しているのだろう。目指す相手は殺人の前歴があり、今回も人を刺している。ひょっとしたら凶器となるような物を所持しているかも知れない。この現場で張り込んでいる捜査員達は、全員拳銃の携行を命じられた。容疑者が抵抗の意思を見せた場合や、捜査員達に危害を加えて来る事態の時は、使用可、という指示も出ている。

 お願いだから、腰の拳銃を抜くような事にはならないで……

 ガラスで遮られた待合室に一人ぽつんと座っている浪岡芳子を視線の端に入れた。

 自分と同い年の彼女は今、いったい何を思っているのだろう。

 太田巡査長の右手が、無意識のうちにハーフコートのボタンを外し、ヒップホルスターに伸びていた。