深夜、まるで夜逃げでもするかのように人目を忍び、ボストンバック一つを手に部屋を出た浪岡芳子を見て、前嶋は佐多和也と接触するかも知れないと当たりを付けた。
三人一組の捜査員達が何組も彼女の周囲半径50メートル圏内に配置され、尾行を開始した。
浪岡芳子は八王子駅前でタクシーに乗り込んだ。その後ろを覆面パトカーが代わる代わる追尾する。タクシーは中央高速から首都高に入り、新宿方面に向かった。警視庁機動捜査隊にも応援を頼み、タクシーを見失わないように水も漏らさぬ追跡体制を敷いた。
この時、捜査当局は容疑者確保の瞬間を信じて疑わなかった。
タクシーは新宿西口の高速バスターミナルで浪岡芳子を降ろした。彼女はそのままターミナルの待合室に入った。
直ぐに捜査員の何人かがその時間帯に新宿を出発する高速夜行バスの便を調べた。30分後に仙台行きがあると判り、そのバスに乗車するかどうかを同行の太田という女性刑事に確認させた。
乗車券販売窓口で切符を買う浪岡芳子の真後ろに並んだ太田刑事は、浪岡芳子が二枚の乗車券を買ったのを確認すると、自分も同様に切符を購入。近くのコンビニへ向かい、買い物を装いながら、直ぐさま上司にこの事実を報告した。
二十人近い捜査員達は一斉に色めき立ち、緊張感を全身に漲らせた。
佐多和也と合流する?
疑問の余地は無い。
太田刑事の他に、二人の若い刑事を待合室に待機させた。
待合室には浪岡芳子の他に八人の客がバスを待っている。三人の私服刑事がその客達に混じると、勘のいい者ならばその不自然さに微妙な違和感を憶える。特に警察に追われている者は必要以上に警戒する。
浪岡芳子に気付かれはしないかと、待合室の反対側の路上で待機していた前嶋は不安を抱いた。
西口高速バスターミナルは、小田急デパートと道を挟んだ反対側のビルの裏手にあり、その周辺には大型電気量販店が軒を連ねている。合間の細いビルには様々な飲食店が入っているが、東口の歌舞伎町とは違い、大概のビルはシャッターを下ろしていて、早朝の通りは人もまばらだ。



