迷宮の魂


 和也は服を着なければと思い、抱いていた腕を解こうとすると、

「何処にも行かんで、な、うちを一人にしないで」

 と言って縋り付いてきた。

「行く訳ないじゃないか。ずっと君の傍にいるよ。湯冷めしちゃうから、服位着させてくれ」

 最後の言葉を軽く冗談めかして言い、縋り付く芳子の腕を解いた。

 押入れから新しい下着とスウェットを取り、着ようとした時に、遠くからサイレンの音が聞こえて来た。

 その音が徐々に近付いて来てると思った和也は、ハッとした。それは、芳子も同じだった。

「警察が……」

 芳子は、和也に殺人の前科がある事を思い出した。それに、彼はまだ仮釈放中だ。出て行った谷口は、かなりの出血をしていた。その血溜りが玄関先に残ってる筈だ。

 和也は自分の身を守る為に抵抗し、その結果、谷口を刺してしまった。

 芳子は、台所に落ちたままの包丁を見つめた。

 初めに包丁を手にしたのは自分だ。和也には何の責任も無い。逃がさなければ。

 つい何秒か前までは、彼に何処にも行かないでと縋っていた。和也もずっと傍にいると言ってくれた。しかし、近付くサイレンの音が、状況を一変させてしまった。

「逃げて!」

 芳子は飛び起きると、和也の身体を押し退け、押入れからバックを引っ張り出した。

「現金はちょっとしか無いけど、銀行に貯めたのがある。キャッシュカードの番号は今書くから」

「芳子……」

「何しとるん!もたもたしとったら捕まってしまうやない!あんな奴の為にあんたを刑務所に入れる訳にはいかん」

 どうすればいいか、まだ迷っている和也の身体を無理矢理玄関まで押した。

「後はうちが上手い事ごまかしとくから」

 その言葉に促され、弾かれるようにして走り去った和也の後姿を見ながら、芳子は自分が引き起こした災いを呪った。

 あの人を絶対に捕まらせたらあかん……