迷宮の魂


「出て行って下さい」

 殆ど聞き取れない程、和也の声は低かった。

 怒りで血の気が失せ、蒼白になっている。

「悪いが兄さんには関係無い話や。芳子ときっちり話させて貰うよ」

 そう言うなり、谷口は断りもなく上がり込もうとした。

 靴を脱ぎかけた谷口の顔面を和也は有無も言わさず殴りつけた。

 もんどりうってドアの外へ倒れ込んだ谷口は、芳子から奪った包丁で和也に切り付けて来た。

 刃先を交わし切れなかった和也の肩が、サクッと切れた。

 芳子の悲鳴が上がる。

 もう一度包丁を振り上げた谷口の腕を掴み、和也はそのまま後頭部を壁に打ち付けた。

 鈍い音が何度もした。

 突然、ギャーという悲鳴が上がった。

 和也が谷口の手首を捻り、握っていた包丁の刃先を彼の首に突き刺したのである。

 吹き上がる血飛沫。

 谷口は、よろめきながらも玄関を出、そのまま逃げて行った。

 和也の身体に血が着いていた。その中には、谷口と揉み合っている時に出来た傷から流れている血もある。

 芳子が泣きながら和也の身体を何度も拭き、バスタオルで裸体を覆った。

「なんでや、なんであいつが東京におるねん。せっかくこうしてあんたと……」

 和也は何も言わず芳子を抱き締めた。

「ごめんなあ、ほんまに、ごめんなあ……」

 子供をあやすように芳子の頭を撫でた。

「君が謝る事はないよ」

 その一言だけを言い、芳子を抱いたまま寝室に運んだ。