迷宮の魂


 和也が仕事から帰って来て、風呂に入っている時だった。

 ドアをノックする音が聞こえた。それも、かなり激しく叩かれる音で。

 風呂のガラスに、芳子が玄関を開ける姿がシルエットとなって見えた。

 誰だろう?新聞屋の勧誘か?と思っていたら、突然、芳子の怒鳴る声がした。

「なんでここが判ったん?!なんでうちの前に現れるんや!」

「芳子ぉ、探したでえ。しかしまあお前が東京におったとはなあ。しかし、なんで黙って姿、消したんや」

「そんなん、うちの口から言わんでも判るやろ。とにかく、出て行って!」

「つれない事言うなうよ。こうして八王子くんだりまでお前に会いに来たんだからさ。偶然とはいえ、新宿の店で再会したのは運命なんだよ。俺も今は東京でプロダクションやってんだ。女房ともちゃんと離婚したから、晴れてお前と一緒になれるんだぜ」

 黙って成り行きを見ている訳にも行かず、和也は裸のまま風呂の扉を開けようとした。

 芳子の甲高い声が、悲鳴のようにも聞こえて来た。

「あんたみたいな男に運命やなんて言われとおないわ!」

 その時、芳子は台所にあった包丁を無意識のうちに掴んでいた。

「なんやそれ。刺すつもりかいな。やめとき」

 落ち着き払った谷口の態度が、余計に芳子の怒りに火を点けた。

 いきなり揉み合う音がした。

 和也は、芳子が危害を加えられたのかと思い、慌てて風呂場を飛び出した。

 包丁は谷口の手に奪われていた。

 突如、裸で飛び出して来た和也を見た谷口は、何者だ?と怪訝そうな顔をし、次に苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

「けっ、なんや、男がおったんかい。何処で拾ったのか知らんが、随分と間抜けな面ぁしとるやっちゃなあ。よう、兄さん、どうでもいいけど、すっぽんぽんはあかんやろ。前ぐらい隠せや」

 取り乱して泣き喚いている芳子を自分の後ろに下げ、和也は無言で谷口ににじり寄った。