迷宮の魂

 それは長い物語のようだった。ルカは一言も聞き漏らすまいと、真剣に彼の目を見つめ、そして、語る口許から視線を外さなかった。

「……実の父親を殺した人間、それが俺だ。その償いだって俺は投げ出して逃げて来た。ずっと名前を変え、見知らぬ土地で人知れず生きて行こうって……」

 物語の終わりを告げるかのように、彼の唇は再び閉ざされた。

 聞いている間に、ルカの身体の奥底から湧き上がってきた感情が、自然と言葉になって溢れ出した。

「うちも背負う。そんな重いもん、純さん一人じゃ背負われへんやんか。倒れてまう」

 熱く潤んだ瞳に見つめられた。その瞳に心を動かされない人間がいたとしたら、それは、もはや人間の心を失った者になってしまう。

 彼は語る言葉を見つけた。

「ならば、もう純さんと呼ぶのは無しだ。今から和也に戻るよ。君と新しい思い出を作って行くのなら、俺は佐多和也に戻らなきゃ」

 逃れる事の出来ない宿命ならば、それを受け入れるしかない。何処まで逃れても、己の宿命は永遠に消えるものではない。

「いずれ、俺は観察所に出頭しなきゃならない。多分、仮釈放が取り消されていると思う。2年、刑務所に戻らなきゃ……きれいになって戻って来る。待っててくれるか?」

「勿論や。2年位なんやねん。あんたと出逢えるまで、25年も待ったんやもん」

 絆という言葉を生まれて初めて実感出来たような気がした。二人にとって、そう思える夜になった。

 新たな思い出を作って行くのなら、新しい土地で暮らそうと、どちらからともなく言い、引っ越す事に決めた。

 一週間程して郊外の八王子に、丁度手頃なアパートが見つかった。二人共、荷物らしい荷物は無かったから、引越しと言ってもそんな大袈裟なものではなく、タクシー一台で事は足りた。