ふらつく足を慎重に前へ進めながら、凍りついた道を家へと急いだ。マフラーを覆面のように顔に巻き、少しでも凍てつく空気から寒さを凌ごうとする。

 吐き出される息は、街灯の灯りに照らされキラキラと光を放つ。そして、マフラーを濡らしたかと思うと瞬時にそこだけ凍る。

 ダイヤモンドダストと本土の人間は言って、綺麗だなどとのたまうが、この土地で暮らす者にしてみればそんなに有難がる気持ちにはならない。せっかくアルコールで暖まった身体も、外へ出て5分もすればすっかり冷える。

 酔いの心地良さは、-25度の冷気で寧ろ醒めた後にそれまで以上の寒気を呼び起こす。だが、この夜はそれ程そういう気持ちにはならなかった。

 昨夜以上に寒気が厳しいのは、大通り沿いに建つ銀行の寒暖計が示している。昨夜より10度も低い。

 男は自分の身体に着いた女の残り香をマフラーの中で感じ、胸いっぱいに吸い込んだ。仄かな柑橘系の匂いは冷気で一瞬にして消えてしまったが、女の唇と軽く触れただけの自分のそれは、感触としてまだはっきりと熱を帯びたかのように残っている。だが、その感触を何処か現実離れしたもののように感じていた。

 妙な具合になってしまった……

 ふとそんな思いを抱きながら、明日も来てねと言った女の言葉を胸の中で呟いていた。