「ルカちゃん、指名入ったよ。何時ものホテル千石。部屋は302ね」

「判ったぁ」

 気だるそうに返事をしたルカは、自分のバックを手にし、マンションの部屋を出た。

 指定されたホテルまで歩いて5分足らず。

 ルカは途中の自動販売機で缶コーヒーを買った。坂上の交番脇を通り、暫く歩いた先にホテル街がある。その周辺は、夜ともなると街娼やポン引きが辻々に立つ。昔は料亭や芸者の置屋が建ち並ぶ花街だった。

 世の中の移り変わりとともにこの街も様変わりし、現在ではラブホテルが軒を連ねている。

 ホテルの受付に顔を見せ、

「302に行きまぁす」

 と、今から相手をする客のルームナンバーを告げた。

 受付に座る中年の女は、心得顔で頷く。この辺のラブホテルは、大概ホテトル業者と手を組んでいた。

 一般のアベック客と違い、深夜でも休憩で利用するから、部屋の回転率が上がる。ホテル側からすれば、彼等に利用して貰った方が利益率が高い。その為に、わざわざ幾つか専用の部屋をキープするホテルもある。

 エレベーターで三階に上がる。302号室はエレベーターのすぐ前だ。

 ルカは扉をノックする前に一つ深呼吸した。

 この仕事を始めたのは昨日今日の事ではないが、何年経っても客の前に出る直前は緊張する。気持ちに何かの弾みを付けないとノックすら出来ない時がある。ほんの数秒程度の間だが、そんな葛藤と闘う毎日なのだ。

 コンコンと二度ノックすると、中から、

「開いてるよ」

 と返事があった。

「失礼しまぁす」

 扉を開けた向こうに、陰鬱そうな表情の男がベッドに腰掛けていた。その客に指名されたのは、今日で四回目だ。

 毎月、決まって月末に指名を入れてくれる。