和也が釧路を出てから半年ばかり過ぎたある日、東京駅のプラットホームに立つ智恵美の姿があった。
一度だけ届いた和也からの手紙を握り締め、書かれてあった住所を目指し、オレンジ色の電車に揺られていた。
吉祥寺駅で降り、高架線沿いを10分ばかり歩いた所に、手紙に書かれた住所の建物があった。それは古い木造のアパートだった。105号室が目指す部屋だ。一番奥のドアに105号室と書かれてあったが、佐多和也の名前は無かった。
ノックしてみたが返事は無い。
智恵美は待つ事にした。もし、和也が既に別な場所へ移っていたら、その時は実家の帯広へ帰るつもりだ。
これで和也と逢えないようなら、所詮それだけの出逢いであったのだと諦めるつもりだった。
あの夜、和也が去り際に言った言葉に、ずっと心を奪われていた。誰にも相談出来ず、一人悩みながら出した答えは、和也への消し難い恋慕であった。
女であると同時に、二人の娘の母親である事を捨て切れない智恵美であったが、その二人の娘を篤に奪われた。
篤から離婚届を出され、娘達は河村の実家に預けられてしまった。河村の両親も智恵美の不貞を詰り、息子の篤と別れろと迫った。その事に別段不満はなかったが、娘達と別れる事だけは認めたくなかった。親権の事で何度も掛け合ったが、智恵美の話に篤の両親は一切耳を貸さず、無視を決め込み、無言で離婚届を差し出された。
智恵美は帯広の実家に一旦帰る事も考えたが、僅かばかりの着替えをバックに詰め、東京行きのフェリーに乗った。
東京へ来る迄の間、何度も戻ろうかとも思った。しかし、自分の想いを受け止めて貰える場所は、もはや和也の所しかないと思ったのである。



