迷宮の魂


「その顔……」

 じっと見つめる和也の視線に耐えられなくなり、智恵美は自分の足下に視線を落とした。

「旦那に?」

「……うん。それより、私の家がよく判ったわね」

「顧客名簿……」

 そういえば、和也の店に行った時に書かされた顧客カードに、家の住所を書いたのを思い出した。

「女を叩くなんて……」

「仕方ないわ」

「僕と不倫したから?」

「うん」

「だからって男が手を上げちゃいけないよ。最低だ」

「そうだけど……」

「一緒に……」

「えっ!?」

「一緒になろう!こんな土地じゃなく、二人で別な所で暮らそう!」

 それは突然の言葉だった。けれど、何時かはそう言われるだろうという予感は心の何処かにあった。

 二階で眠る二人の娘達の事が頭を過ぎった。

「無理よ……」

「無理って……僕を愛してくれてるって言ってくれたじゃないか。嘘なの?」

「嘘じゃない、嘘じゃないわよ」

「じゃあどうして……」

「貴方と一緒になれたらとは思ってる。本当よ。けれど、何もかも捨てて今直ぐ一緒になるなんて無理よ。ねえ、判って」

 和也の顔から血の気が失せはじめていった。