迷宮の魂


 和也との関係がより深くなるのに然程時間は掛からなかった。まるで堪えていたものが堰を切ったかのように、互いの想いがぶつかり、交じり合った。

 智恵美は和也を愛していると自覚し、その事を言葉にした。和也は何度も信じられないと言いながらも、明らかになった互いの想いに我を忘れたかのようにのめり込んでいった。

「僕は最初に見たときからそう思った」

 と、智恵美が言ってくれた、愛してる、の言葉に繋げた。

 和也の意識は智恵美で埋め尽くされ、まるで他の事は目に入らぬかのようで、そういった変化は誰の眼にも明らかとなって行った。

 当然の如く智恵美との仲が取り沙汰されるようになった。特に敬子はそういう関係になる前から二人の仲を危惧していたから、以前にも増して智恵美を悪く言うようになった。

「お前は何年も刑務所に入っていたから、普通の人間よりも世間知らずになってんのよ。亭主も子供も居る女に玩ばれているだけなんだから。最後に泣きを見るのはお前なんだよ」

「彼女の何が判るんだ。俺は人を好きになっちゃいけないのか」

「何もそんな事を言ってんじゃないよ。よりによってあんな女じゃなくてもって言ってるのよ」

「彼女じゃなきゃ駄目なんだ」

 そんな言い争いが絶えなくなった。

 二人の関係が少しずつ周囲の知るところになって行けば、当然、智恵美の夫である篤の耳にも伝わる。

 智恵美が和也との関係を問い質され、篤に殴られて怪我をした。

 顔の腫れが引くまで店を休む事になった智恵美の元へ、和也がやって来たのはゴールデンウイークを間近に控えた4月の中頃の事であった。

 智恵美は二人の娘を寝かし付け、する事なしに居間でテレビを観ていた。

 玄関の呼び鈴が鳴るのを聞いた智恵美は、時計に目をやり、夫の帰りにしては早過ぎるから誰だろうと首を傾げた。出てみると、和也が息を切らしながら立っていた。

「どうしたの?」

 玄関先で立ったままの和也の目は、篤に殴られた痕の残った智恵美の顔をじっと見つめていた。