迷宮の魂


 その夜、リバーサイドはいつになく暇で、和也が来た時は他に客が一人も居なかった。

 当たり障りの無い会話で時間が過ぎ、和也は何時ものように家に電話を掛けた。

「……もうすぐ帰るよ……判ってる、判ってるから、もういい加減にしてくれよ。何も悪い事をしてんじゃないんだぜ!」

 和也の声がカウンターの方まで響いて来た。受話器を叩きつけるように切った和也が憮然とした表情で席に戻って来た。帰るのかと思ったらそのまま席に座り、

「ロック、下さい」

 とウイスキーを注文した。

「お家はいいの?」

「うん……」

 智恵美はどうしようかと一瞬考えたが、棚からボトルを取り、グラスに注いだ。

 差し出されたウイスキーを一気に飲む和也。

 暫く無言の時間が過ぎていった。時計の針は11時を示している。和也がこの時間迄店に居るのは初めてだ。

 バイトのカナが手持ち無沙汰でいると、

「カナちゃん、今夜はもう遅いしお客さんも来ないだろうから先に上がっていいわよ」

 と声を掛けた。カナはじゃあ先に上がりますと言って帰り支度を始めた。

「佐多さんも、あともう一杯だけね」

 そう言って智恵美は自分用のグラスを出し、和也の前に置いてあったウイスキーで水割りを作り始めた。

「私も飲んじゃお」

 お先にと言ってカナが帰ると、智恵美はカウンターを出て、和也の隣に腰を下ろした。

「乾杯しよ」

 まだ無言のままでいる和也の気持ちを少しでも解そうと、智恵美はおどけながら自分のグラスを和也のグラスに軽く当てた。

「そんなに深刻にならないの。お母様だって判ってくれるわよ。現実に、貴方はもう二十七歳の自立した大人なんだから」

「違う……違うんだ」

「何がどう違うの?」

 智恵美は空になった和也のグラスにウイスキーを注いだ。