和也が帰った後、そんな事をぼんやりと考えていたら、智恵美の傍にバイトの女の子が来て、そっと耳打ちした。
「ママ、危ないよ」
「え、何の事?」
「さっき、佐多さんと話していた時、ママは私が何とかして上げたいとか言っていたじゃない」
智恵美はそんな事を言ったかしらと思い返してみた。そう言われてみればそんな事を言ったかもしれない。
「それがどうして危ないの?」
「そう思う気持ちって、相手の人の心の中に深く入り込むって事でしょ。それって惹かれているって事じゃない?ママは独身じゃないんだから」
「やだカナちゃんったら、そんなふうに深い意味なんてある訳ないじゃない。言葉のあやよ」
そう否定した智恵美だったが、指摘されてみてどきりとした。
私はあの人に惹かれいてる……
何考えているのよ、私には夫も子供もいるのよ……
思いとは裏腹に、和也の存在が智恵美の中で大きくなっていた。それとともに夫の存在が薄れ始めて来た。単にすれ違いの生活から来るものだけではなくなりだし、篤の思考や性格的な面にまで思いが行くようになった。
以前は好ましいと思っていた事までもが、自分の中で拒否反応を示しだしている。言葉では説明できない隙間のようなものが、智恵美の心の中に広がり、丁度ぴたりとはめ込まれたかのように和也の存在が埋まりつつある。
タイミングだったのかも知れない。
この事を自覚するようになると、一層和也を意識しだした。
和也が店に来てカウンターに座ると、無意識のうちにその前から動かなくなる事が多くなった。何かにつけ、和也の仕草や言葉に気持ちが動き、気を取られたりする。和也に傾く気持ちを否定する為に、無理に冗談で、
「佐多さん、早く誰かいい人見つけたら?そうすればお母様も安心するんじゃない?そうだ、カナちゃんなんかどう?」
などと、一人ではしゃいだりする。そうすればする程、ぎこちない態度が見え見えになってしまうと気付いているにも拘わらずに。



