廊下に出ると敬子が後から駆け寄り、声を掛けてきた。
「和也は、今大切な時期なんです。貴女のお店にしょっちゅう行ってるようですが、余りあの子を惑わすような事をしないで下さい」
「はあ?」
智恵美には敬子の言ってる意味が理解出来なかった。
「詳しい理由は言えませんが、とにかく和也とはこれ以上関わらないで欲しいんです」
「仰てる意味が判りません。和也さんは、佐多さんは単なるお店のお客様です。私も髪を切りに伺ったりしている、それだけの事ですけど、それがどうして惑わすとかって事になるんですか?」
智恵美の口調も最後の方は荒くなっていた。
「お母様は何か勘違いされているようですけれど、私達にやましいところは一切ありませんから」
納得のいかない表情の敬子をその場に残し、智恵美は足を速めてその場を立ち去った。
二日後、リバーサイドに和也が来て病院での事を詫びた。
「和也さんが謝る必要はないわよ。でも、あれね、お母様って余程和也さんの事が心配なのね」
「27にもなる息子の母親って感じじゃないでしょ」
「母親からすれば、子供は幾つになっても子供なんでしょうけど。でも、ちょっと異常過ぎるようにも感じるわね」
「仕方無いんだ……」
和也はぽつりぽつりと母親との事を話し始めた。あの事を除いて。
「そうだったの。20年以上も離れ離れになっていた母子なら、ああいうふうに思われても仕方ないかもね」
「だから、少しでも帰りが遅いと心配するから、引っ切り無しに電話しなくちゃならなくて。笑っちゃうでしょ。いい年した男がマザコンで」
「そんな事ないわよ。私が貴方のお母様でも同じように心配するかもよ」
そう言った智恵美だったが、まだ腑に落ちない所も少しあった。
大事な時期ってお母様は言ってたけれど、どういう事なのかしら……
その事を和也本人に聞いてみたいという気持ちはあったが、和也にはその事を言いたくないような雰囲気が強く漂っていた。



