迷宮の魂


 初めてカウンター越しに彼と話した時に、彼が近くにある美容室のスタッフだと知った。その美容室が以前リバーサイドを貸切、打ち上げか何かのパーティーで利用して貰ったのを思い出した。彼がリバーサイドを知ったきっかけもその時だったらしい。

「へえ、佐多さんもそのパーティーに居たんだ。ごめんなさいね全然覚えてなくて」

 美容師にしては余り派手な感じがしない。その事を言うと、ずっと床屋で働いていたからと言った。元々釧路に住んでいた訳じゃない事が判ると、言葉を交わすようになった別の常連客が、

「こんな北の果てに都落ちして来たって事は、これで下手打ったんでしょ」

 と、小指を立てて冗談めかして言うと、彼はどう答えようかと困惑の表情を見せた。

 ちょっとした冗談なのに、ふと見せた暗い眼差しが智恵美には気になった。

 他の常連客達とも馴染むようになると、その客達が彼の美容室へ行くようになり、彼を指名して上げたりした。

 評判は悪くなく、智恵美から見ても良いセンスをしていると思った。店でバイトしている女の子が、思い切ってショートにしたいと言って彼に切って貰った。カットして来た彼女を見た客達は、

「いいじゃん、何か明るい感じになったね」

 と口を揃えて褒めた。

 少し幼い顔立ちの彼女の特徴を良く捉えていて、ボーイッシュな中にも可愛らしさを出していた。

 私も今度切って貰おうかな……

 この時は、何時も店に来て貰っているから、そのお返し位な軽い気持ちだった。

『ジェムズ』という店は前から評判だったので知っていたが、行ってみると想像以上に流行っていた。30分ばかり待たされて案内されると、別な客を見送った彼がやって来た。

「指名しようと思ったんだけど、お名前教えて貰ってなかったから、メンズコーナー担当の人って言っちゃった」

 首を竦めておどける智恵美を見た和也は、終始照れ臭そうにしていた。鏡に映る和也は、余り喋り掛けて来ず、黙々と手を動かしていた。