迷宮の魂


 二年前にオープンした『リバーサイド』は、赤字ではないがそんなに儲かっていた訳ではない。第一、オープン時の共同経営者達が手を引いた事で、その分の借入金まで背負う事になった。家のローンもまだ半分近く残っている。その事を話すと、

「だからこそ、この店をやるんだ。釧路みたいな田舎じゃライブハウスといっても、来る客の数は高が知れてる。そこへいくと、カラオケスナックなら単価も上がる」

「今のお店でお金儲けが出来ない事なんて、最初から判ってた事じゃない。それでも好きな事で食べて行けるのなら幸せだと言ってたのはあなたなのよ。第一、新しいお店をやるお金はどうするの?」

「銀行とは話は付いている」

「また借金なの?家のローンとお店の借入金を合わせてまだ一千万以上の支払いがあるというのに……」

 智恵美がどう反対しても、既に話は引き返せない段階になっていた。以前なら絶対にこんな事は無かった。何かをやろうと行動する前に、必ず智恵美に相談し了承を求めていた。

「夫唱婦随でやって行かなきゃな。智恵美だって納得出来てこそ、内助の功を発揮させられるものだろうから」

『リバーサイド』をオープンさせる時も、単独で経営に乗り出そうと決心した時も、こう言ってくれた。だからこそ、本来は慎重派の夫の背中を寧ろ智恵美の方が積極的に押していた。

『ルージュ』と名付けられた新しい店は慌しくオープンした。篤は殆どそっちに掛かり切りになり、それまで自分が切り盛りして来たライブハウスはバイト任せになっていた。

 朝方まで新しい店で客の相手をする夫とは、段々すれ違いの生活になって行った。

『ルージュ』がオープンして一ヶ月が過ぎたある夜、篤が風邪で休まなくてはならなくなり、自分の代わりに店へ出てくれないかと言って来た。