和也が言葉を覚え始めて可愛い盛りを迎えても、良蔵は我が子を抱くとか、親としての愛情を見せる事は殆ど無かった。
和也も子供なりにそういう空気を感じ取ってか、良蔵にはなかなか懐かなかった。
月の半分以上は家を留守にする良蔵は、もう随分と金を入れなくなり、敬子が爪に火を燈すようにして稼いだ金を持って行く。宝石ブローカーの仕事を続けていると良蔵は言っていたが、どう見てもそれらしい雰囲気ではない。揃えた家具も次々と質屋へ入れ、部屋の家賃まで滞っていた。
そんな中、元々身体の丈夫ではなかった母が倒れ、呆気なく息を引き取った。
肝腎な時に頼りにしたい良蔵は一ヶ月近く何処かへ行ったまま。何とか近所の人達の手を借り、慌しく通夜を迎えた真夜中過ぎ、ふらりと良蔵が戻り義母の霊前に手を合わせもせず、
「くたばったか」
一言だけ言い、香典をそっくり手にして出て行った。
このままじゃこの子と私は生きていけない……
別れよう……
漸く敬子は良蔵と別れる決心をした。
今度帰って来たらちゃんと言わなきゃ……
仕事を回してくれている仕立屋の社長もそれが良いと言って、その時には自分が仲立ちをするからとも言ってくれた。
今までだって私一人で和也を食べさせて来たんだ、母子二人、頑張ればあの人が居なくたってやって行ける。そう思うと何だか清々しい気持ちにさえなる。
戻って来た良蔵に別れ話を切り出すと、あっさりと了承された。しかし、一つだけ条件を出された。
「こいつは俺が連れて行く」
どんなに頭を下げても、和也は俺が育てるんだ、の一点張りで、その条件が飲めなければ別れないと譲らなかった。
結局、この時は別れる事を断念せざるを得なかった。



