穏やかな風が、首の辺りを優しく撫でてくれる。
空は何処までも高く澄み渡り、遠くにぽつりぽつりと浮かんでいる白い雲が、碧い色合いに程好いアクセントになっていた。
暑さ寒さも彼岸までと昔から言うが、今年はまったくおかしな気候の日が続いた。
二月の中旬に夏日を記録したかと思えば、桜の芽が綻び始めても一向に暖かくならず、三月も終わろうかという時期に真冬並みの気候が続いた。
ここ一週間ばかりもそんな塩梅で、今日はそれまでとは打って変わり、漸く春の陽射しを浴びる事が出来た。
「なんとも気持ちが、こう、ふわっとするような陽気だよなあ」
傍らの加藤にさえ、そんな似合わないような独り言を呟かせる位に和む陽射しだ。
「ほんとに、気持ちいいですね」
「奴は、この気持ち良さを味わった事なんか、無かったんだろうな」
三山は、右手のお堀端からそよぐ風で、はらりと解れた髪を梳き上げながら、加藤の方をちらりと見て、ふっ、と小さく笑った。
「何がおかしい?」
「いえ、ごめんなさい」
強面の加藤が、感慨深げに漏らした言葉に笑ってしまったなどと言ったら、きっと彼は顔を真っ赤にして怒るだろうなと思い、三山は首を振った。
庁舎の入口に立つ警備員に、身分証明書を見せ、来訪者達を威圧するようにそびえ建つ建物の中に入って行った。
7階の大法廷には、既に多数の傍聴人が席に着いていた。
これまで、二人は何度かこの場所に来ている。
そのうちの一度は、三山も加藤も、証人席に座った。
今日は、判決が下される。
傍聴席の一番前に、見覚えのある老婆が居た。その姿を目敏く見つけた加藤が、三山の肘を突いた。
三山は頷き、大法廷の右側に座っている五人の裁判員に目を向けた。
あの人達が、どういう判断を下すのか……
裁判員席の後ろ側の扉が開き、両側を二人の刑務官に挟まれるようにして、男が入って来た。