一ヵ月後、和也が生まれた。名前は母と一緒に考えた。産後の肥立ちが悪く寝込んでいたある日、良蔵が突然現れた。
「やっと仕事が軌道に乗り始めたんだ。もう何の心配も要らない」
そう言って財布から十万円もの大金を出した。
「美味いもんをたらふく食って、こいつにしっかり乳をやらないとな」
傍らで事の成り行きを見ていた敬子の母親は、聞いていた話とは随分違う良蔵の態度に困惑した。敬子は良蔵に抱いた疑心を恥じた。
本当はこんなにも心根の優しい人なのだ……
ちゃんと人並みの心を持っているじゃない……
家族三人で明日から頑張ろう……
そう思うと涙が自然と流れて来た。
母の所では手狭だからと、良蔵は直ぐに部屋を見付けて来た。家財道具も揃えて、新婚らしい雰囲気になって来た。しかし、そんな生活も長続きはしなかった。
半年もせず、良蔵の本質が現れ出した。飲む酒の量が増え、昼間から部屋に篭る事が多くなった。かと思うと、ぷいと家を出て、何日も帰って来ない。帰ってくれば帰って来たで酒浸りになる。
あの日、枕元に差し出した十万の金は、当時にすればかなりの額で、ぎりぎり切り詰めれば親子が半年暮らせた。万が一を考えてそれを手付かずで残していたから、何とかやっていたが、それにも限りがある。
その金が無くならないうちに仕事をしなくちゃと、敬子は自宅で洋裁の仕事をする事にした。



